昔話

(歴史)
 

ハワイ昔話
 

◆ハワイ昔話


ここでハワイの歴史(昔話)を簡単に紐解いておきましょう。

歴史といいましても、諸島の起源については独立したページを設けてりますので、
ここでは島々に人が住み始めたころからのことを昔話として紹介することにいたします。
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☆ 古 代

もともと無人島だったハワイ諸島に人が住み始めたのは4世紀前後言われています。

最初の住民はポリネシア人でどうもマルケサス経由で移住して来たというのが、色んな書物の共通した見解のようです。

ただし、別にラピタ文化という説もあります。


 【早くも、休憩】

ラピタ文化について

ラピタ文化は1950年ニューカレドニアのラピタ遺跡で大量の土器が出土したことから命名されたのです。

紀元前2000年頃、陸の民であるラピタ人が船に乗り、南太平洋の島々に移住を開始しました。

ところが、紀元0年頃からその足跡が全くつかめなくなるナゾの人々です。

ちなみに、ラピタ人は日本へも渡来し縄文人となったとの説もあります。(古代のロマンを感じますね〜。)


その後、10〜12世紀にタヒチ人も移住し、しだいに身分社会が形成されます。

身分とは、

  アリイ(王族)、
  カフナ(神官)、
  マカアイナナ(平民)、
  カウバ(奴隷)

     の4種です。

ハワイの人々は、先祖が神であったと考えていました。
(少し前の日本も同じですネ)

アリイ(王族)の人々は、その中でも特に神に近い家系 ⇒ 「マナ」の精神を承継する家系であり、さらにそのアリイ(王族)の長をアリイ・ヌイと呼んでいました。

アリイ・ヌイは父子相伝。

当然権力闘争の要因となり、王族同士での戦闘が繰り広げられて来ました。



☆ ハワイ統一

1780年頃、カウアイ、ハワイ両島を除いた6島は、マウイ島のカヘキリ王により統一されていました。

一方、ハワイ島カラニオプウ王が統治し、マウイ島への侵攻を狙っていました。

1782年ハワイ島のカラニオプウ王が死去
王権息子のキワラオ守護神甥のカメハメハに譲りました。

王直系のキワラオはカメハメハが宗教儀式を仕切るのが不満で、双方いさかいが耐えず、遂にカメハメハがキワラオを滅ぼしてしまいます。

その後、ハワイ島はコナのカメハメハの他に、カウケオウア大酋長ヒロケアウエ大酋長により3分割の統治が始まります。


カウのケオエア大酋長は、マウイ島のカヘキリ王の計略に踊り、ヒロに侵攻しケアウエ大酋長を滅ぼしてしまいます。

一方、カメハメハはカヘキリ王の陰謀を察知し逆にマウイ島に侵攻、イアオ渓谷の戦いで大勝利を収めます。

同時にハワイ島でケオエア大酋長の不穏な動きを察知し、軍をハワイ島に返します。

このとき、キラウエア近くを進軍中だったケオエア大酋長の軍は、キラウエア火山の大噴火に襲われ全壊に陥ります。
            参考:世界遺産への誘い  対象Page:ハワイ火山国立公園

ちなみに、キラウエア火山の「裸足の足跡」はこのときの兵士のものです。(南無)

このとき、カメハメハには、ハワイの女神ペレが味方していると評判になりました。

1794年、マウイのカヘキリ王が老衰で死去

既にハワイ島の王となっていたカメハメハはすぐにマウイ島に侵攻。
カヘキリの息子カラニクプレをオアフ島ヌアヌパリの戦いで破り、ホノルルでハワイ王朝樹立を宣言したのです。

1796年より、カウアイ島のカウムアリイ酋長に攻撃をしかけますが失敗。

1810年、カウアイに使者を送り平和裏に恭順することとなり、ハワイ統一が達成されたのです。


 【休息】

クック船長の悲劇

1779年、ハワイ島にイギリスの探検家ジェームス・クックが到着。ハワイ諸島をサイドイッチ島と命名しました。

上陸時、原住民は新年の祭りの最中。
クック船長一行を神の化身と勘違いし供物を捧げ、宴を催して大歓迎しました。

その後、出発したクック船長一行は嵐に会いマストが折れてしまいます。

やむなく引き返したところ、神が嵐に負ることはない、彼ら(クック船長一行)は「神の名を語る偽者たち」ということになり、神官の権威が低下するのを恐れた勢力と抗争。

クック船長以下数名が殺害されてしまいます。



☆ 白人の影響

1810年代終盤、アメリカ海外伝道評議会がキリスト教布教のためハワイに宣教師を派遣します。

文字のないハワイ語をアルファベットに置き換えた聖書を出版。
また、ハワイの王族が伝統的タブーを否定し始めたこともあり簡単に布教に成功します。

カメハメハ王の血筋はカメハメハ5世で断絶。
6代ルナリロを経て、7代カラカウア王が即位します。

カラカウア王は世界一周旅行の途中、国家元首としては初めて来日、赤坂離宮で明治天皇と会見します。

何とこのとき、日本皇室とハワイ王族の姻戚関係を結び、究極的には日本とハワイの合併を提案しています。

日本側は諸事情(主にアメリカとの関係)を勘案し断りましたが・・・。
(何ともったいない。と思うのは、私だけでしょうか?)

カラカウア王はまた、日本人のハワイ移民を要請

日本側は難色を示したものの、時代の経過とともに環境が変化し1885年に移民に関する条約を締結しています。



☆ 最後の女王とアメリカによる併合

カラカウア王没後即位したのが、リリウオカラニ女王

女王は白人支配からハワイ人に政権を取り戻すべく奔走。
白人のクーデターにより幽閉されてしまいます。

そして白人達はサンフード・ドールを大統領とするハワイ共和国を建国してしまいます。

後の1898年マッキンリー大統領がハワイ併合を承認しました。


 【休息】

1.アロハ・オエ

有名なハワイの名曲「アロハ・オエ」は、上記最後の女王リリウオカラニの作曲です。

内容は、一般にイメージされている明るく楽しいものではありません。

私見ですが、抑圧され失われていくハワイアンの心と文化を憂いた、ハワイ版「黒人霊歌」と理解しています。


2.軍艦「浪速」

上記クーデター時、日本は巡洋艦「浪速」をホノルルに派遣。
クーデター側を威嚇しました。

※当初、「浪速」を戦艦としておりましたが、巡洋艦が正しいとのご指摘があり調査したところ、
ご指摘の通り巡洋艦が正しいので修正いたしました。ご指摘、大変ありがとうございました。


1959年、ハワイはアメリカ合衆国の50番目の州に昇格

この後は皆さんがよくご存知のハワイとなります。

真珠湾攻撃で始まった太平洋戦争の歴史については、皆様よくご存じで、またその是非について色々な意見があることと思います。

本来はこの辺の事柄を調査し記述したいのですが、太平洋戦争の存在については共通の認識があること、及びサイトの趣旨から議論を誘発することは本意でないことなどにより、敢えて記述しないこととしています。

ですが、今後個人的な調査を行っていくなかで、意外と知られていない事実や興味のある事柄を発見しましたら、サイトの趣旨に反しない範囲で追加したいと思っています。


最後に、現在は先住民族の人々による先住権の回復運動の存在があることや、日本とも以外に昔から関係が深かったこと、そしてそれらの人々が移住後や第二次大戦中想像を絶するご苦労があったことなど、忘れてはならない歴史の存在を改めて認識したことをご報告いたします。

                          
                       
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